日本サイコオンコロジー学会|JPOS

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代表理事ご挨拶

一般社団法人日本サイコオンコロジー学会 代表理事 明智龍男


代表理事 明智龍男
  皆さんは「がん」という病気についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。「がん=死」、「怖い病気」、「今では治る病気」、「痛みで苦しむ病気」など様々なイメージをお持ちの方がいらっしゃるのではと思います。

 がんは1981年にわが国の死亡原因のトップにとってかわり、現在もその第一位の座を保ち続けています。現在では、がんによる死亡者数は年間36万人を超え、総死亡の約30%を占めています。また年間80万人近くの方が新たにがんと診断されています。私達が暮らしている今の時代では、人々のおよそ2人に1人の方が、その生涯のうちにがんを経験する時代なのです。一方では、がんは、新しい治療が飛躍的に進歩している病気であるとも言えます。

 それでは、もし、人が、「がん」という病を得たとしたら、その人のこころはどのような経験をするのでしょうか。がんのサバイバーの方はどのようなこころの動きを経験されるのでしょうか。現在では、がんの告知もすすみ、治らないがんであっても率直に伝えられることも稀ではなくなってきています。治癒が望めないがんを抱えた際には、あるいは終末期にさしかかった時に、人はどのようなこころの状態を迎えているのでしょうか。私たち医療者は、病における様々な軌跡のなかで、患者さんやご家族とどのようなコミュニケーションを心がければよいのでしょうか。

 がんは、生物学的には、無秩序な増殖をする悪性の腫瘍のことを指しますが、社会的な「意味」にも影響を受ける疾患の一つでもあります。たとえば、何か好ましくないものを形容する際の比喩として、あれは何々にとっての「がんだ」という表現などをときに耳にします。がんというイメージが社会の中で認識されていく過程でもたらされた結果の表現なのでしょうが、逆にいえば、このようなイメージが社会に存在していることを示しているのではないでしょうか。このような意味で、がんという病は社会とともにあるとも感じます。従って、がんを経験した患者さんのこころの動きを深く理解しようとする営みには、がんの生物学的な特徴のみならず、がんという疾患を取り巻く社会や文化的な状況の双方に対しての理解も必要です。

 前置きが長くなってしまいましたが、このような、「がん」と「こころ」の関係を扱う学問領域を精神腫瘍学(サイコオンコロジー)といいます。サイコオンコロジー(Psycho-Oncology)という言葉は、サイコロジー(Psychology: 心理学)、サイカイアトリー(Psychiatry: 精神医学)およびオンコロジー(Oncology: 腫瘍学)などという用語から成り立つ造語です。日本語としては、「精神腫瘍学」と翻訳されています。サイコオンコロジーは、欧米でがんの診断病名を患者さんに伝えることが一般的になった1970年代に産声をあげた、まだまだ若い学問です。

 近年の医療技術の発展には、まさに眼を見張る勢いがあります。がんに関しての生物学的な研究も進み、がんが発生してくるメカニズムは、数多くの遺伝子の変化が蓄積して起こる多段階の機構であることも解明されてきました。新聞やテレビの報道で、最先端の医学研究の成果に触れることも珍しくありません。最近では、がんに対する治療として、分子標的治療なども登場してきました。一方で、自然科学は、どうしても再現性や客観性などを重視しますので、学術研究の中心は、必然的に主として臓器や病気に向かい、それゆえ、本来、医療の中心であるべき「病を抱えた人間」の側面をつい忘れてしまった観が否めません。実際、現代の医学に対して、身体や臓器は診るが、「人間を診ない」という批判を耳にすることもさほどまれなことではありません。新聞の投書欄等で現代医療に対する批判を目の当たりにすることも決して珍しいことではありません。最近では、「ドクハラ」なる言葉すら目にします。このような時代の潮流のなか、がんの医療においても、病の原因となっている生物学的側面のみならず、人の心理や行動、あるいは社会的側面も含めた広い視座から患者さんやご家族をとらえ、より良質な医療を提供する必要性が認識されるようになってきました。

 サイコオンコロジーは、こういった時代を背景として、従来ともすると軽視されがちでした「がんが患者さんとそのご家族のこころに与える影響」と「こころや行動ががんの罹患や生存など身体的な転帰に与える影響」という二つの大きな側面を明らかにすることを目的として生まれたのです。

 人は人であるがゆえに「こころ」をもち、そしてだれもが病にこころを痛めます。ある人は病から解放され、ある人は病との共存を余儀なくされます。このような当たり前のこころの領域を学問として扱い、ご家族が経験されるこころの痛みにも積極的に焦点を当てる、それが、サイコオンコロジーという学問です。換言すると、がんという疾患が有する生物学的側面のみならず、病を抱えた「人」の部分により焦点をあて、人として当たり前にケアするために、そして人のこころががんに与える影響を解明するために生まれてきました。そういった意味で、サイコオンコロジーは、現代の医学、医療の進歩の陰に置き忘れられてしまった感のある、人のこころをケアするという営みを医療の中に適切に組み込む役割を担っています。そして、個々の医療者がこの当たり前のことを、日々の職務に当たり前に織り込むようになったとき、あるいは、がんが医療の進歩により完全に制覇されたとき、サイコオンコロジーはよい意味でその使命を終えることができるのでしょう。他の医学の領域もすべてそうなのかもしれませんが、恐らく、私ども日本サイコオンコロジー学会の究極の目標は、安心してその存在意義を失う状況を到来させることにあるのだと感じます。

 本学会の目的は、定款にも明示してありますように、学術団体としてがんを取り巻く医療と科学の発展に貢献することで、がん患者、家族及びがんと向き合うすべての人々の健康に寄与し、豊かな人間性を涵養することにあります。本学会は、サイコオンコロジーに関心をもつ医師、看護師、心理士、薬剤師、療法士など多職種から構成されています。特に患者さんやご家族のこころのケア、よりよいコミュニケーションの在り方、こころのつらさをやわらげる薬剤を含めたあらゆるタイプの治療法やリハビリテーションなどに関心をお持ちの医療者の方、ぜひ本学会にご入会いただき、私どもと一緒に学びませんか?お待ちしております!

一般社団法人日本サイコオンコロジー学会
代表理事 明智龍男

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