一般の皆様へ
「話をしたって、がんが治るわけではないのに。あなたに何ができるんですか!」
国立がん研究センター 加藤雅志
先日、外来で初めて会った患者さんが、挨拶をした後にこのようなことをおっしゃいました。
がんをわずらい治療をしている患者さんの中には、精神科、心療内科などのこころのケアを専門とする医療者とお話しする機会がある方もいらっしゃるかと思います。はたしてこのような医療者はどのようなことをしてくれるのでしょうか。
この医療者は、まずはじめにじっくりと患者さんやご家族の方々からお話を聴いていくことから診察をはじめます。しかし、この医療者は患者さんが語ることにじっと耳を傾けて聴いているだけではなく、時折うなずいて話を促したり、不明確な表現を確認したりしていくことでしょう。そして、患者さんがひとしきりお話をしたところで、きっとこの医療者は患者さんを思いやるような口調で「それは本当につらいことでしたね」と言葉かけをすることだと思います。
実はこのようなやり取りだけで、気持ちがずいぶんと落ち着いていく患者さんや家族は多くいるものです。いったい何が起きているのでしょうか。
人は本当に大変な悩みを抱えてしまうと、ついついそのことばかりを考えてしまいます。このような状態になると、冷静に解決策を考えることは難しく、「ああなったらどうしよう」、「もしこうなったら大変なことになる」と悪い方に悪い方にとめどなく考えていってしまうものです。そのような状態にあるときに第三者がじっくりと話を聴いていくと、悩みを抱える者は相手につらさを理解してもらえるように問題を話していきます。実は、この「相手にわかるように問題を言語化する」ということが重要なのです。このように話すことで、問題が自然と自分自身の中で整理されていきます。そして、言葉にしていくことで冷静な気持ちで問題をとらえることができるようになり、落ち着いて現実的な解決策を考えることができるようになってきます。そして自分が思い悩んでいたことについて真剣に耳を傾けて聴いてくれる者がいること、そのつらさを理解してもらえたということが安心感につながるのかもしれません。
このように、「自分の悩みを誰かに言葉にして伝える」というだけで、自然と解決の方向に歩みだしていけるという効果があるのです。医療者からアドバイスなどをしなくても自分で解決策を見いだせる方も多くいるものです。
もちろん、自分一人で具体的な解決策を見出していくのが難しい方も多くおられます。そのような方には一般的に多くの方に効果がある方法を提示しつつ、その方にあった解決策を一緒に考えていくことになります。
こころのケアの専門家は、悩みを抱える方が自身の悩みを整理し、落ち着いた気持ちで向き合えるような環境を作りながら、ともにその解決策について考えていく者といえるかもしれません。
がん患者さんやその家族のこころの問題について様々な医療者が支援をしておりますが、特に専門的に対応していく医師を精神腫瘍医といったり、医療者をサイコオンコロジスト(psycho-oncologist)と呼んだりしています。精神腫瘍医などは、がんをわずらうことで生じる様々なこころの負担について熟知しておりますので、何か悩むことがあればサイコオンコロジー学会で取り組んでいる登録精神腫瘍医制度に登録をしている医師へのご相談をご検討ください(https://jpos-society.org/psycho-oncologist/)。
もちろん、精神腫瘍医はお話をじっくり聞くことだけの専門家ではありません。脳の機能に関することや、薬を使うことなどにも詳しくあります。しかし、精神腫瘍医の一番の特長は、がん患者さんやその家族の心情に寄り添いながらお話を聴いていくことができるスキルを持っていることなのではないかと思っています。
さて、冒頭にご紹介した患者さんですが、外来でじっくりとお話を聴いていきましたところ、次第に患者さんの中にある「がんを罹患したことで生じたやり場のない怒り」に自分自身で気づいていき、それを周囲にぶつけてしまっていることで家族と関係がこじれてしまっていることに気づかれました。自分の中にある処理しきれない感情に自分自身で気づかれたことが大きかったようで、自分の気持ちの整理の仕方や大切にしたい方にどう接していくのが良いのかについて一緒に考えることができました。がんを直接治すことはできませんが、がんに伴って生じている問題の解決のお手伝いができたと思っています。
悩みを抱えて苦しんでいる方が、一人で悩み続けていくことがなくなるような社会が実現できたらといつもこころから願っています。