Journal Club
進行がん患者の食欲不振・悪液質治療におけるミルタザピン対メゲストロール酢酸の比較試験:二重盲検ランダム化比較試験
Iftekhar Hossain Chowdhury, Md Sayedur Rahman, Md Najmul Kabir Chowdhury, et al
Mirtazapine versus megestrol acetate in treatment of anorexia-cachexia in advanced cancer patients: a randomized, double-blind trial.
Jpn J Clin Oncol. 2024 May 7;54(5):530-536.
医療法人社団同楽会 白石ともメンタルクリニック
石田哲朗
【序論】
がん関連食欲不振・悪液質(cancer-related anorexia-cachexia)は、進行がん患者において高頻度に認められる症状であり、患者の栄養状態や生活の質(Quality of Life, QOL)を著しく低下させる。さらに、体重減少が進行するとがん治療の継続が困難となる場合があり、食欲不振への適切な対応が求められる。
治療法としては、栄養指導、薬物療法、心理社会的介入があるが、有効性が確立された薬剤は限られている。
ミルタザピンは、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)であり、ヒスタミンH1受容体拮抗作用を介した食欲増進効果を有する。
抑うつ症状の改善に加えて体重増加作用が報告されており、がん関連食欲不振の治療薬としての可能性が示唆されている。
【方法】
本研究は、2021年9月から2023年1月まで、バングラデシュにおいて、二重盲検ランダム化比較試験多施設(2施設)試験として実施された。患者選択基準は①18歳以上②肺、頸部、口腔領域の進行がん患者③化学療法施行中かつ3ヶ月以内に5%以上の体重減少④Eastern Cooperative Oncology Group(ECOG)パフォーマンスステータスが0~3とされ、除外基準は①器質的通過障害②コントロール不良の糖尿病および高血圧③高用量のコルチコステロイド使用④臨床的に顕著な腹水とされた。患者80人を対象とし、ミルタザピン 15 mg/day投与群40人、対照群としてメゲストロール酢酸塩(以下、メゲストロール) 160mg/day投与 群40人に割り付けられた。
4~8週間後の体重、各種スコア(FAACT ACS 、EORTC QLQ—C30、ECOGパフォーマンスステータス)を比較した。
【結果】
・食欲の改善
ミルタザピン投与群では、メゲストロール群と同程度に食欲のスコアが改善した(ミルタザピン群 23.30 ± 4.33、メゲストロール群 25.30 ± 6.63、P = 0.12)。
・体重の変化
ミルタザピン投与群では、メゲストロール群と同程度に体重が増加した(ミルタザピン群 BMI 20.49 ± 3.39、メゲストロール群 BMI 19.50 ± 3.32、P = 0.21)。
・QOLの向上
ミルタザピン投与群では、EORTC QLQ-C30において、症状評価スコアの低下(P = 0.04)、機能評価スコアの上昇(P = 0.02)、グローバルQOLスコアの改善(P = 0.03)と、有意な改善が認められた。メゲストロール群では、有意な改善がみられなかった(P = 0.06)。
・副作用
ミルタザピン投与群では、眠気、便秘、口渇がみられた。メゲストロール群では、便秘、嘔気、口渇、浮腫がみられた。
いずれも軽度であり、両群間で副作用の発生率に有意差は見られなかった。(ミルタザピン群 13.51%、メゲストロール群 18.52%、P = 0.52)。
【結論】
本研究により、ミルタザピンはメゲストロール同様にがん関連食欲不振の改善および体重増加に寄与する可能性が示された。また、メゲストロールとは異なりQOLの向上にも有効性を示し、有用であると考えられる。
【コメント:本邦での薬剤選択と臨床的意義】
本邦では、メゲストロールはがん関連食欲不振への保険適応がなく、上述の副作用の他にも塞栓症が懸念される。また、メゲストロールを対象としたメタアナリシスおよびシステマティックレビューでは、メゲストロールは体脂肪の蓄積を促進するものの、除脂肪体重を増加させる作用はないと報告されている。
本研究では触れられていないが、本邦ではアナモレリン塩酸塩が、がん悪液質に伴う食欲低下や体重減少の改善を目的として使用可能である。
しかし、適応は非小細胞肺癌・胃癌・膵癌・大腸癌の4がん種かつ、切除不能な進行・再発性の患者に限られている。さらに肝機能異常、心機能異常、血糖上昇などの副作用が報告されている。これらの薬剤は、緩和医療に精通した専門家以外が処方するにはハードルが高いと考えられる。
一方、ミルタザピンは精神科領域で広く使用されており、一般精神科医も処方に慣れている。したがって、がん関連食欲不振に対する一般精神科医による治療選択肢の一つとなる可能性がある。また、「がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン(2017年版)」では、ミルタザピンが悪心・嘔吐の管理に有用である可能性が指摘されており、さらなる臨床的活用が期待される。なお、本邦ではミルタザピンも食欲不振に対しては適応外使用にあたるので、注意を要する。
【参考文献】
1. Lim YL, et al. A Systematic Review and Meta-Analysis of the Clinical Use of Megestrol Acetate for Cancer-Related Anorexia/Cachexia. J Clin Med. 2022;11(13):3756. doi:10.3390/jcm11133756.
2.中西 康友,他. グレリン様作用を有する経口投与可能な日本初のがん悪液質治療薬 アナモレリン塩酸塩(エドルミズ®錠50 mg)の薬理学的特性と臨床効果. 日本薬理学雑誌 2021 年156 巻 6 号 p. 370-381. doi.org/10.1254/fpj.21046.
3. 日本緩和医療学会ガイドライン統括委員会. がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン2017年版. 金原出版.