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進行がんにおける緩和ケアと一般的な苦痛症状の管理:疼痛、呼吸困難、悪心・嘔吐、倦怠感
Palliative Care and the Management of Common Distressing Symptoms in Advanced Cancer: Pain, Breathlessness, Nausea and Vomiting, and Fatigue
Lesley A Henson et al.
Journal of Clinical Oncology. 2020:38:905-914
慶應義塾大学病院 薬剤部
傳田 容子、金子 健
【要旨】
がん治療において症状を良好に管理していくことは患者と家族の生活の質の向上、治療コンプライアンスの向上に関連し、そして生存期間も改善するかもしれない。人口増加や高齢化に伴い、がん疾患に関連した、あるいは直接関連しないあらゆる症状を抱える患者の割合が増加すると予想され、症状管理をするために、より日常的に統合されたアプローチの支援が必要とされている。この論文は症状評価のツールを用いた文献の要約を示し、進行がん患者が普段に経験する疼痛、呼吸困難、悪心・嘔吐、そして倦怠感といった4つの苦痛症状の管理をレビューしたものである。がん治療を通して症状管理の全体的なサポートにおける緩和ケアの役割についても考察した。
【症状管理ツール】
患者報告アウトカム尺度(PROMs)を日々の臨床診察に取り入れることで、長期の症状評価とモニタリングを改善し、患者の満足していないニーズを見つけるのを助けることができる。
PROMsの例には、Edmonton症状評価システムの改訂(ESAS-r)、Palliative Care Outcome Scale(POS)がある。Edmonton Symptom Assessment System Revised (ESAS-r)は11点の数値評価スケールを使用し、9つの症状(痛み、だるさ、眠気、吐き気、食欲不振、息苦しさ、気分の落ち込み、不安、全体的な調子)の強度を測定し、追加で患者特有の症状を測定する選択も含まれ、経時的に多次元の症状を掴むことができる。POSは心理的な症状、精神的な配慮、社会的ニーズ、そして介護者の関心事や身体的症状など10項目が、0から4のスケールを用いてそれぞれ点数化される。またPOSは過去3日間の主要な問題は何であったかと患者へ質問するような、自由なテキスト項目も含まれている。科学技術(タッチスクリーンのコンピューターなどを使用)を取り入れることは、PROMsを日常臨床で使用していくうえで重要な要素になる可能性がある。定期的に患者から症状の報告についてコンピューターを使用してモニタリングを行った患者の方が、生活の質が改善され救急外来の受診や入院が減少したという報告がある。
【疼痛】
非薬物療法は、マッサージ、アロマセラピー、経皮的電気刺激療法、鍼治療や、リラクゼーション、気晴らし、イメージエクササイズなどがあるが、有効性を裏付けるエビデンスが不足している。軽度から中等度の疼痛には、アセトアミノフェンや非ステロイド性消炎鎮痛薬のような非オピオイド鎮痛薬が臨床で広く使用されている。リン酸コデインまたはトラマドールは限られたエビデンスによるものの、一般的に使用されている。オピオイド鎮痛薬(オピオイド)はできるだけ内服、患者個々の最低限の至適用量で投与されるべきである。即放性製剤または徐放性製剤のいずれかを定期的に処方することができ、突出痛に対しては即放性製剤の使用が可能である。中等度から高度の痛みに対するオピオイドの違いによるエビデンスの違いはなく、モルヒネは使用経験が豊富で、入手しやすく、コスト面からも国際的なガイドラインにおける第一選択のオピオイドとなっている。腎機能障害などでモルヒネが使用できない時には、フェンタニル、ブプレノルフィンが推奨される。また、がん患者の20%以上が神経障害性疼痛を経験する。非がん患者の神経障害性疼痛に対しては、抗けいれん薬や抗うつ薬が標準的な治療として考えられている。これまでがん関連の神経障害性疼痛に対する有効性のエビデンスは確立されていなかったが、抗うつ薬、抗けいれん薬ががん関連の神経障害性疼痛で効果的で忍容性が高いという報告がある。また、神経障害性疼痛に対してオピオイド使用しているがん患者にプレガバリンを追加することでオピオイドの減量効果があることが示され、国際的な疼痛ガイドラインにおいて神経障害性疼痛薬は推奨されている。
がん関連の骨痛に対するビスホスホネート製剤使用に対するエビデンスははっきりしないが、多発性骨髄腫に対して有意差がみられたとする研究報告がある。また、メタ解析によると放射線療法(8Gy/1回照射)で4週間後に1/3の患者でがん関連の骨痛に高い効果がみられたとする報告がある。
【呼吸困難】
呼吸困難の機序は解明されてきているにも関わらず、新しい効果的な治療はなく、難治性の症状の対応には苦慮している。呼吸困難の症状管理は、息切れの根本的な原因、特に気管支収縮の薬物療法から始まり、次に非薬物療法を考えるべきである。薬物療法については、欧州呼吸器学会と米国胸部学会の両者が、酸素とオピオイドを上回る、他の薬理学的薬剤の確固たる証拠はないと結論付けている。内服や注射によるオピオイドは呼吸困難を軽減するが、その効果は軽度から中等度であり、最適な用量、タイトレーション、そして長期使用による潜在的な問題(安全性、耐性、依存性、誤用)については定められていない。非薬物療法として、ポジショニング、呼吸法のトレーニング動作の補助、そして筋力トレーニング(運動療法)、ハンドヘルドファンなどの補助器具などを検討する必要がある。
呼吸困難に対して薬物・非薬物治療などを含めたケアを必要に基づいて受けることで、患者とその家族の心理社会的苦痛も大幅に改善する可能性がある。
【悪心・嘔吐】
抗腫瘍薬または放射線療法に続発する悪心・嘔吐は、米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインによる制吐薬、または同等の臨床診療ガイドラインに従って予測および管理する必要がある。 最新の制吐薬の情報としては、オランザピン、ニューロキニン1受容体拮抗薬、および皮下セロトニン(5-HT)3受容体拮抗薬(本邦未承認)の推奨に関する内容が含まれている。
進行がん患者の悪心・嘔吐(抗腫瘍薬、放射線療法を除く)の原因に対する薬物療法のエビデンスは少ない。制吐薬を選択する場合には、詳細な病歴や必要な検査を行い、原因を特定する必要がある。進行がん患者の悪心・嘔吐の原因は、代謝異常(腎臓または肝機能障害、低Na血症、高Ca血症)、薬物(オピオイド、抗うつ薬、抗菌薬など)、感染、消化管運動の異常などがあり、原因にあった適切な制吐薬を選択し、禁忌でない限り制吐剤は定期的に処方されるべきであり、非経口投与を優先するべきである。また、単剤で改善されない場合に併用も検討する。
【倦怠感】
倦怠感は、全身の感覚が盛り込まれた主観的で不快な症状であり、重度で難治性の倦怠感は患者とその周囲にも悪影響を及ぼす。倦怠感の要因は病因に関連した炎症前駆物質や貧血、栄養失調、神経内分泌機能障害、筋肉機能障害などが考えられる。
倦怠感に対しては、非薬物療法、薬物療法の両方が可能である。
非薬理学的な治療として有酸素運動(例、ウォーキング、サイクリング)は有効なエビデンスがある。乳がんの補助療法や前立腺がんの患者において、エクササイズは抑うつと睡眠の質に副次的に効果をもたらした研究報告がある。心理社会的介入、教育的介入、音楽介入は効果がみられるとする報告もあるが、エビデンスは低い。
薬物療法として、デキサメタゾンの短期使用については効果が認められているが2週間を超える有効性と安全性は示されていない。化学療法中を含む貧血に対しては、エリスロポエチン投与は倦怠感を軽減するが、ダルベポエチンのエビデンスは低い。 また現在のところL-カルニチン、プロゲステロン、またはパロキセチンによる効果のエビデンスはないとされている。
【結論】
進行がん患者の多くは、病気の進行で症状を経験し、多くの場合、死が近づくにつれて症状が強くなる。症状管理が不十分な場合、患者のQOLや抗がん治療および医療リソースの使用にかなりの影響を与える可能性がある。
現在のASCOガイドラインでは、進行がんの患者は、早期から緩和ケアを受けることを推奨しており、症状評価ツールを適切に用いることで患者の転帰の改善、場合によっては生存期間を延長できる可能性がある。
【コメント】
治療法の発展や人口の高齢化に伴い、疼痛をはじめあらゆる症状が複合的で複雑化され、患者個々で千差万別であるなかで、正確な症状の評価と管理を行うことは患者の治療やQOL、生存期間を改善することができる可能性があることが結論付けられた。進行がんの患者を担当する際にはこのような患者結果報告指標PROMの評価ツールを適切に理解し習得した上で、身体的症状から心理精神的な症状まで全体的な評価を行い、医療チームで情報共有していくことが大切であると感じた。様々な専門分野を持つ緩和ケアチームによるサポートのもと症状管理を行い、患者のQOLや治療コンプライアンスの向上につなげてまいりたい。