せん妄ガイドライン参考資料
国内初のがん患者におけるせん妄ガイドラインを読み解く ①
― ガイドライン作成者 による 直接 解説!!―
「痛みが強いのでオピオイドを増やしたらせん妄になってしまった。いったいどうすればいいの?」
「終末期のせん妄って、どのような治療やケアが望ましいの?」
がん患者さんがせん妄を発症した際、われわれ医療者は数多くの臨床疑問(CQ)に遭遇します。もちろん、個人の経験に基づく診療を否定するものではありませんが、もしエビデンスを踏まえた判断ができれば、診療がさらに効果的になる可能があります。
2019 年 2 月、日本サイコオンコロジー学会は日本がんサポーティブケア学会と連携して、「がん患者におけるせん妄ガイドライン 2019 年版」を発刊しました。本ガイドラインは、日常臨床でよく遭遇する CQ について、Minds による「診療ガイドライン作成マニュアル」に則って系統的レビューを行い、可能な限り実証的なエビデンスに基づいて作成されたものです。
そこで本稿では、各 CQ の文献検索や推奨文作成に直接関わった先生方に、推奨文作成に至る過程などについてわかりやすく解説していただきました。
CQ1:がん患者のせん妄には、どのような評価方法があるか?
<解説>
本ガイドライン最初の CQ は、アセスメント方法に関するものが選ばれました。1 次検索で候補となった文献は比較的多かったものの、実際に系統的レビューの対象となった文献はがん患者を対象とした観察研究 5 件と系統的レビュー1 件のみで、エビデンスが少ないことが印象的でした。
せん妄の同定方法として MDAS や DRS について複数の研究が検証していますが、感度や特異度について一貫した結果が得られておらず、がん患者に対するエビデンスのみでは有用性が確立しているとは結論付けることができませんでした。一方、せん妄の重症度に関してはこの 2 尺度がよく検証されておりました。
またがん患者は身体的に重篤な患者も多く、そのような対象でも使いやすい尺度が必要であることが指摘されています。CCS や ADS は重症度評価の方法として検証されていますが、少数での検討であり、同定方法としては検証されておらず、さらなる検証が必要であると分かりました。また、Nu-DESC、SQiD は日本語版の検証がされておらず、CAM はがん患者での検証がされていない問題が確認できました。
担当:稲田修士先生、菅野康二先生
CQ2:がん患者のせん妄には、どのような原因(身体的原因・薬剤原因)があるか?
<解説>
がん患者のせん妄を検討する上でまず重要なことは、せん妄の原因を検索することです。せん妄の原因を検索するにあたっては、準備因子、誘発因子、直接因子に分けて考えるのが一般的ですが、本 CQ では直接因子に絞って検討を加えました。関連する臨床研究を検索したところ、最終的には観察研究が 6 件ありました。
注意すべき点として、今回包含した 6 研究は、研究デザイン、対象者の選定、アウトカムの設定(せん妄の発現、せん妄の回復可能性)などの点から異質性が高いことに留意が必要です。この点を理解した上で、6 研究中 5 研究がオピオイドとせん妄の関連を報告していることから、せん妄に関する最も注意すべき原因の1つであると考えられます。一方、オピオイドはがん患者における鎮痛において重要な役割を担っており、本 CQ の推奨文がオピオイドそのものの使用を制限するものではありません。せん妄は様々な原因の累積で生じることから、オピオイド使用中にせん妄となった場合にも、その他のせん妄の原因についても丁寧に検討し、総合的な対応を検討するべきです。他の薬剤要因にベンゾジアゼピン系薬、コルチコステロイドがあり、身体的異常では全身状態不良、脱水、電解質異常、低アルブミン血症、感染症、低酸素脳症などが報告されています。しかし、個々の患者におけるせん妄の原因の探索に当たっては、非がん患者におけるせん妄の原因に関する知見を参照しながら行うことが実際的であると考えられます。
担当:菅野康二先生、稲田修士先生
CQ3:せん妄を有するがん患者に対して、抗精神病薬を投与することは推奨されるか?
<解説>
せん妄治療における抗精神病薬の使用は臨床現場で一般的に行われており、国内外のガ イドライン等でもその使用は推奨されていますが、エビデンスレベルは高いとは言えませ ん。本 CQ に関する臨床研究として、無作為化比較試験(RCT)が 1 件、観察研究(前後比較試験)が 4 件、また、非がん患者対象のメタアナリシス 1 件も検討対象としました。RCT は有名な Agar ら(2017)の研究で、緩和ケア受療中で進行性、予後不良の患者の軽度から中等度のせん妄に対して、経口リスペリドン(RIS)と経口ハロペリドール(HPD) を被験薬としたプラセボ対照の RCT です。結果、両群でプラセボ群に比べてせん妄が有意に悪化しました。また、両群でプラセボ群に比べて錐体外路症状の出現が有意に多く、HPD 群ではプラセボ群に比べて生存期間が有意に短縮していました。4 件の前後比較研究ではいずれも抗精神病薬の効果と安全性が概ね示されましたが、比較群の設定がないこと、うち 1 例はケースシリーズに近かったことから、エビデンスレベルが高いとは言えませんでした。非がん患者対象のメタアナリシスでは、抗精神病薬使用とせん妄の改善に有意な関連を認 めませんでしたが、評価の結果このメタアナリシスの研究デザイン上の問題が指摘されま した。
担当:蓮尾英明先生、吉村匡史先生
なお、各 CQ に対する推奨文や文献の詳細な内容につきましては、「がん患者におけるせん妄ガイドライン 2019 年版」(金原出版)をご覧下さい。
次回は、CQ4~6 をご紹介いたします。どうかお楽しみに!