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(電子的な)患者報告アウトカムを超えて:がんのサバイバーシップ研究におけるスマートテクノロジーと生態学的経時的評価の利点を活用する
Thong, M.S.Y., Chan, R.J., van den Hurk, C. et al. Going beyond (electronic) patient-reported outcomes: harnessing the benefits of smart technology and ecological momentary assessment in cancer survivorship research. Support Care Cancer 29, 7–10 (2021). https://doi.org/10.1007/s00520-020-05648-x
東北大学病院 精神科
五十嵐 江美
【序論】
デジタルモバイル機器等の技術が発展したことで、詳細かつ個別性のあるデータが収集可能となった。この手法は生態学的経時的評価(ecological momentary assessment, EMA)と呼ばれ、スマートフォン端末やアプリからリアルタイムで患者のデータを収集する。加えて、患者の状態をリアルタイムに反映し介入することも可能となった(ecological momentary intervention, EMI)。本手法は精神疾患の研究では既に広く利用されているが、1993年~2018年のレビューではがんサバイバーに関する論文は12本のみである。本論評では、がんのサバイバーシップ研究におけるEMA/EMIの有用性について検討された。
【本文】
EMAは対象者のリアルタイムの状態を収集する手法であり、能動的と受動的に大別される。能動的EMAは対象者による入力を要するが、受動的EMAは対象者がウェアラブルデバイスやセンサーを身に付けることで観察可能なデータを自動で収集する。
EMAの最も重要な特徴は、データの収集が自然な環境で行われることである。健康行動は環境による影響を受けるため、従来の後方視的評価では詳細な把握が困難であった。なお、電子的な患者報告アウトカム(electronically captured patient reported outcomes, ePRO)と能動的EMAは評価対象とする期間が異なる。ePROは従来の後方視的評価を用いるが、能動的EMAはリアルタイムに評価する。ePROで用いられる後方視的評価は想起バイアスが生じる欠点があるが、能動的EMAはこの欠点を回避できる。また、EMAは連続的に評価するため、環境との相互作用で生じる症状や行動・精神状態のダイナミックな変化を捉えられる。これらの利点から、複数の症状を持続的に経験しやすいがんサバイバーを対象とする際にEMAはePROに比べ簡便かつ費用対効果に優れる可能性がある。
臨床場面でEMAは診断やモニタリング、介入に利用できる可能性がある。例えば、がんに関連した痛みのマネジメントや、メンタルヘルス、睡眠、身体活動などのモニタリングにも利用できる。収集したEMAからリアルタイムかつ個別的な介入を遠隔で行えるようになれば、患者にとっても利用しやすい介入手段となりうる。研究の側面からも、がんサバイバーは不眠や疲労、抑うつなど複数の症状から成る悪循環に陥りやすいが、この個々人に特異的な悪循環の内容を同定するために、連続かつリアルタイムな評価であるEMAは適していると考えられる。
【結論】
個別性のある医療に対する高い関心と技術の進歩から、がんのサバイバーシップ研究においてEMAは実現可能かつ魅力的な手法になりつつある。しかし、評価の再現性や比較可能性と結果の解釈には課題が残り、データの取得方法や規制の問題も存在する。今後、本分野の研究を発展させるために、臨床家や研究者、モバイルヘルス、実装の専門家と当事者を含んだワーキンググループで、(1)利用方法とその障壁・解決策、(2)アプリやプラットフォームの品質の特徴の同定、(3)方法論などのガイドライン作成、(4)倫理的な問題への手引きについて検討されるべきであろう。
【コメント】
近年のデジタル技術の進展を受け、スマートフォンやアプリケーション、ウェアラブルデバイスを用いた研究が盛んに行われている。本論文ではePROと比較しながらEMAの利点について紹介された後、がんのサバイバーシップ研究でいかに活用されうるか提示された。データサイエンスを重視する世界的な潮流も背景に、今後EMA等のデータが臨床や研究で蓄積され機械学習によるスクリーニングや介入等が発展することが予想される。本稿で最新の研究動向の一つを紹介した。